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書籍概要『リリウオカラニ女王が語るハワイの物語』

2026 1/29
リリウオカラニ女王が語るハワイの物語
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日本語訳準備中

『Hawaii’s Story』リリウオカラニ女王が語るハワイの物語

ハワイ王国最後の女王リリウオカラニによって執筆された本。ハワイ王国崩壊から5年後の1898年に出版されました。本にはリリウオカラニ自身の生い立ち、即位、新米勢力による政府の転覆、ハワイ王政復権を求める米国への訴え、1895年に起きたハワイ国に対する反乱失敗後の逮捕と裁判について、その当時の自らの見解について詳しく記載されています。

本書が初版刊行された1898年、当時のアメリカ大統領マッキンリーと連邦議会によってニューランズ決議と呼ばれる合同決議が可決され、ハワイはアメリカ合衆国の領土として併合されました。この条約はリリウオカラニ女王によって強く反対され、当時のハワイ国民の間でも非常に不満を募らせるものでした。この併合による法的正当性については、今日に至るまで疑問が残り物議を唱える一件となっています。

本書は、ハワイ王国転覆を記録した重要な資料として、ハワイ主権回復運動(ハワイアン・ソブリンティ運動)に携わる多くの人々から重視されています。一方で、女王による王政転覆に関する主張の中には、モーガン報告書(Morgan Report)や、1983年に発表された「ネイティブ・ハワイアン研究委員会報告書(Native Hawaiians Study Commission Report)」など、他の一次資料によって否定・反証されている部分もあります。

それでもなお、本書が王位を失ったこと、アメリカ合衆国への併合によって独立国家ハワイが終焉を迎えたことに対する女王およびその支持者たちの深い失望、悲しみ、そして無念さを、非常によく伝えていると評価されています。

※当サイトの日本語訳はパブリック・ドメインとなっているHawaii’s Storyであり、後に出版されている改訂版(2013年Hui Hanai社)とは内容が異なる部分があります。

原著(英語版)を読む

Queen Liliʻuokalani (Lydia Liliʻu Loloku Walania Kamekaʻeha)

本名:リディア・リリウ・ロロク・ワラニア・カマカエハ(1838年9月2日 ― 1917年11月11日)は、ハワイ王国で唯一の女王として即位した統治君主であり、同国最後の主権君主でした。1891年1月29日から、1893年1月17日に王国が転覆されるまで在位し、王政転覆は、ホノルルに居住していた外国人7名(アメリカ人5名、スコットランド人1名、ドイツ人1名)と、アメリカ系出自をもつハワイ王国臣民6名から成る「安全委員会(Committee of Safety)」によって主導されたクーデターでした。

作曲家としても知られ、「アロハ・オエ」をはじめ数多くの楽曲を残しています。王政転覆後に幽閉された期間中に執筆されたのが本書です。1838年、オアフ島ホノルル生まれで、実父母はアナレア・ケオホカロレとシーザー・カパアケアですが、誕生と同時にアブナー・パーキとローラ・コーニア夫妻のもとへハーナイ(非公式な養子縁組)として引き取られ、夫妻の娘であるバーニス・パウアヒ・ビショップとともに育てらました。

その後、キリスト教の洗礼を受け、ロイヤル・スクールで教育を受けた彼女は、兄弟姉妹やいとこたちとともに、カメハメハ3世によって王位継承資格者として正式に認められました。アメリカ生まれのジョン・オーウェン・ドミニスと結婚し、彼は後にオアフ島知事となります。夫婦に実子はなかったが、複数の養子を迎えています。1874年に兄デイヴィッド・カラカウアが即位すると、彼女と兄弟姉妹は西洋式の王子・王女の称号を授けられます。1877年、弟レレイオホク2世の死去を受け、彼女は王位継承者に指名され、ヴィクトリア女王の在位50周年(ゴールデン・ジュビリー)の際には、兄の名代としてイギリスへの公式使節も務めました。

1891年1月29日、兄の死去から9日後に王位に就き、これがハワイ国最後の女王となりました。治世中、彼女は王権の回復と、経済的理由で参政権を奪われていた人々への選挙権回復を目的とした新憲法の制定を試みましたが、いわゆる「銃剣憲法(Bayonet Constitution)」の廃止を目指す動きに反発した親アメリカ勢力により、1893年1月17日、王政は転覆しました。このクーデターは、アメリカの利益保護を名目にジョン・L・スティーヴンス公使の指示で上陸したアメリカ海兵隊によって後押しされ、王国は実質的に自衛不能な状態に追い込まれた結果でした。クーデター後、暫定政府が樹立され、のちにハワイ共和国となったが、最終的な目的はハワイのアメリカ合衆国併合でした。この併合は、当初はグロバー・クリーブランド大統領によって阻止され、王政復古を目指す蜂起が失敗したのち、寡頭支配体制の政府は元女王をイオラニ宮殿に自宅軟禁しました。

1895年1月24日、投獄されていた支持者たちの処刑を示唆される中(銃をつきつけられた状況)で、リリウオカラニはやむなく王位放棄文書に署名し、廃位された王国の元首としての地位を正式に退きました。その後も王政復古および併合反対の試みは続けられましたが、米西戦争の勃発を契機にアメリカ合衆国はハワイを併合しました。

晩年は一市民として暮らし、1917年、ホノルルのワシントン・プレイスにて逝去しました。

著作権について

原著(英語版):Hawai’s Story(1898年)全408ページ
著:Queen Liliuokalani ※原著は米国においてパブリックドメイン
※当サイトの日本語訳はパブリック・ドメインとなっている上記のHawaii’s Storyであり、後に出版されている改訂版(2013年Hui Hanai社)とは内容が異なる部分があります。

本サイトに掲載されている日本語翻訳文は翻訳者に著作権が帰属します。

日本語訳:© 2025 Lōkahi Creations LLC(Ryoko Sumitomo).
本翻訳文の無断転載・無断使用を禁じます。記事のリンクや引用については、事前にお問い合わせよりご相談ください。

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